ソムリエ・ワインエキスパート試験に絶対に合格したいアナタへ!

独学での勉強方法をご紹介。オリジナル問題集や過去問を解いていただきながらポイントを解説します。


【地方料理・雑学】おすすめ文献〜「異国食餌抄」岡本かの子

概要

フランスなどの地方料理・食文化の勉強になります

(今回はガチ。百年ほど前の文章ですが素晴らしい!まさに温故知新)

 

キーワード

エスカルゴ ブルギニオン([仏]ブルゴーニュ地方のエスカルゴ料理)

・コトレッタ・アッラ・ミラネーゼ([伊]ミラノ風カツレツ)

・ヴィーナー・シュニッツェル([]ウィーン風カツレツ)など

 

文献

↓をクリックすると作品が読めます

aozora.binb.jp

 

詳細

図書カード:異国食餌抄

 

オススメアプリ

わざわざ読まなくても↓アプリで聞けば5分くらい(要検索 ※↓の画像はスクショです)

 

以上

【オススメ書籍】「新茶」〜岡本かの子

お茶も試験範囲に入って数年目?

アカデミックな勉強の後に一読をオススメします

知識の「横糸」を生活・実感の「縦糸」にカラめておきましょう

 

作品情報

www.aozora.gr.jp

 

読む(無料)スマホ・PC可

aozora.binb.jp

 

聞く

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以上

【つぶやき】飲食における "最適化" について

某フードデリバリー(⚪︎ーバー)で配達員をしていると

ピックアップ先の飲食店で

もの凄い "塩対応" に出くわすコトも少なくない

まるで腫れ物に触るというか、汚物のような扱いだ

 

どうしてそうなるのか?

これは単純にに "お金" の問題で

デリバリーの配達員は1分1秒を惜しんで動いている(※1)

そこで飲食店の「調理待ち」に5分〜10分待たされてしまうと

時給が数百円(最大千円手前くらいまで)変わったり

しいては何千円・何万円というボーナスをとりっぱぐれてしまう可能性も出てくる

 

お金は人を変える!

 

おそらくこれは、この仕事をやった人間にしか分からない感情で

待ち時間に腑(はらわた)からこみ上げてくる怒りはハンパない

よほどの人格者でなければ、気持ちの余裕が無くなることは必至

中にはピックアップ先の飲食店の方にキレて喧嘩に発展してしまう事件も↓

 

www.youtube.com

 

そうなってくると

最初は優しかった方や、慣れない若い学生さんでも

このような嫌な思いを繰り返すうちに

もう配達員とクチすらききたくなくなったり、アゴや手で指図するようになってくる

 

そういった対応の人に出会う時

「あー、よほどのひどいコトがあったのだろうなー」と想像せずにはいられない

あと、配達員で見た目の汚らしい方が多いのも、この状況に拍車をかけているのかもしれない

 

ところで、飲食業界ではキャリアの長い方ほど

"くえない" 印象・表情だったりするが、これがきっと

苦労の数というか

成れの果てというか

最適化された姿なのだろう

 

以上

【つぶやき】自分の能力を恥じたり卑下しなくていいんじゃね?という話

(先日の続き)

 

最近思うんだけど

世の中ってチート(≒ インチキ ≒ 逆転不可能な不公平さ)が多い

 

飲食業なら

地主(土地もち)が余裕しゃくしゃくで商売をしていたり

(赤字を垂れ流すための節税対策だったりするケースも…弱小資本の貧乏人がマトモに戦って勝てるワケがない)

 

ソムリエ試験とかアカデミックなことなら

IQなど頭脳は親からの遺伝的な要素が多いし、学生時代の教育格差も大いに出るだろう

さらに住まいが東京などの大都市 or 田舎の地方都市かでスクールのある無し、ワインショップ・受験仲間の数など情報格差もバカにできない

(特にエクセレンスなど上級のものだと難易度が全然変わるそう、だから新幹線

で東京まで通ったという方の話もよく聞く)

 

スポーツの世界でも、今や純血な日本人の高校生では

インターハイでハーフの学生にフィジカルの差で到底勝てないらしい

(そういや、お客さんの息子が陸上やってるけど「黒人と競うのは無理ゲー!」って言ってたっけ)

 

ところで、よく「努力が報われるくらいなら、幸せな環境」って言われるけど

たしかに個人が努力で解決できるコトって

(自分が思ってるよりも)たかがしれているのかもしれない

 

それは前述の通り、経済的、遺伝的、家庭環境的なものに加え

地域や職種、周囲の知的レベルなど人(脈)的な情報量の不足・格差も含まれるだろう

この圧倒的なハンデを個人の責任にするのはナンセンスでしかない

 

だからこそ

自分の能力がたとえ世の求める水準にいたらなくとも

自分を恥じたり卑下する必要はないし

 

自分ができる範囲で頑張っているんだったら

胸を張って生きていいのでは?

 

「たしかに俺はダメなやつかもしれないが

それなりには頑張っているんだ!」と

自分を認めてあげてもいいのでは?

…という発想に思い至った

 

「世の中なんてインチキだ!不公平だ!クソッタレ!」

と言いたい気持ちをグッとおさえて

 

「インチキだからこそ、どうでもいいじゃん、気楽に生きれば?」と考えたい

 

…というのが、自分に厳し過ぎる(≒理想が高過ぎる)方への処方箋というか

自分を許す理由になるのでは?

 

…という可能性を感じた今日このごろ

 

 

以上

 

あとがき

論旨がピケティやサンデル的だったかも

 

つまり誰もが、みんな自分なりに頑張って生きている

(≒ 実はわりと最大限のパフォーマンスを発揮している)

…という考えなので

世の中、誰も悪くないし、責めれないし、大いに結構!というわけ

 

ちなみに仏教的には悩みや苦しみというのは理解不足からくるのだそう

 

ともすれば、こんな文章を書いている自分は

 

世の中を "知ったかぶり" している大馬鹿野郎か

 

もしくは

 

世の中が "インチキ" に見えている

ホールデン(サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」)か

【つぶやき】飲食業における人の"山河性"について

飲食に身を置いて、もう16年くらいになる

 

この間、「すごく流行っていているし、この店は絶対ツブれないだろう」と思っていた人気店が数多く消え去った

 

ただ、そこで勤めていた辞めた人たちはどうなっているのか?

といえば、どこかで活躍しているケースが多い

 

"国破れて山河あり"ならぬ

"店破れて、個人あり"といったところか

 

 

以上