(先日の続き)
最近思うんだけど
世の中ってチート(≒ インチキ ≒ 逆転不可能な不公平さ)が多い
飲食業なら
地主(土地もち)が余裕しゃくしゃくで商売をしていたり
(赤字を垂れ流すための節税対策だったりするケースも…弱小資本の貧乏人がマトモに戦って勝てるワケがない)
ソムリエ試験とかアカデミックなことなら
IQなど頭脳は親からの遺伝的な要素が多いし、学生時代の教育格差も大いに出るだろう
さらに住まいが東京などの大都市 or 田舎の地方都市かでスクールのある無し、ワインショップ・受験仲間の数など情報格差もバカにできない
(特にエクセレンスなど上級のものだと難易度が全然変わるそう、だから新幹線
で東京まで通ったという方の話もよく聞く)
スポーツの世界でも、今や純血な日本人の高校生では
インターハイでハーフの学生にフィジカルの差で到底勝てないらしい
(そういや、お客さんの息子が陸上やってるけど「黒人と競うのは無理ゲー!」って言ってたっけ)
ところで、よく「努力が報われるくらいなら、幸せな環境」って言われるけど
たしかに個人が努力で解決できるコトって
(自分が思ってるよりも)たかがしれているのかもしれない
それは前述の通り、経済的、遺伝的、家庭環境的なものに加え
地域や職種、周囲の知的レベルなど人(脈)的な情報量の不足・格差も含まれるだろう
この圧倒的なハンデを個人の責任にするのはナンセンスでしかない
だからこそ
自分の能力がたとえ世の求める水準にいたらなくとも
自分を恥じたり卑下する必要はないし
自分ができる範囲で頑張っているんだったら
胸を張って生きていいのでは?
「たしかに俺はダメなやつかもしれないが
それなりには頑張っているんだ!」と
自分を認めてあげてもいいのでは?
…という発想に思い至った
「世の中なんてインチキだ!不公平だ!クソッタレ!」
と言いたい気持ちをグッとおさえて
「インチキだからこそ、どうでもいいじゃん、気楽に生きれば?」と考えたい
…というのが、自分に厳し過ぎる(≒理想が高過ぎる)方への処方箋というか
自分を許す理由になるのでは?
…という可能性を感じた今日このごろ

以上
あとがき
論旨がピケティやサンデル的だったかも
つまり誰もが、みんな自分なりに頑張って生きている
(≒ 実はわりと最大限のパフォーマンスを発揮している)
…という考えなので
世の中、誰も悪くないし、責めれないし、大いに結構!というわけ
ちなみに仏教的には悩みや苦しみというのは理解不足からくるのだそう
ともすれば、こんな文章を書いている自分は
世の中を "知ったかぶり" している大馬鹿野郎か
もしくは
世の中が "インチキ" に見えている
ホールデン(サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」)か