今回はウチの店でお客様から教えていただいた
日本酒の酒造メーカー(≒商人)が完全にチートだというトリビア3連発。
ムダ知識を接客に活かしてね♡
その1
(明治時代)
「米が余って、持ってても傷むし
来年まで保管しとっても値段が暴落するかも...( 一一;)」
↓
「せや、余った米、日本酒にしたろ(; ・`д・´)!」
→大ヒット★
そもそも、日本酒の製造が活発になったのは
裕福な商人が余った米の処分に困っていたから。
ja.wikipedia.org#↑「酒米の開発」を参照
その2
(江戸時代)
「なんか絵を書いとる奴がおるな~」
↓
「君、屏風(びょうぶ)に絵を書いてみてくれんか?」
→大ヒット=国宝に★★
日本酒を事業の柱としていた三井家は
円山応挙を応援していたとされているよ~(´_ゝ`)
その3 =ラスト
(昭和3年 in 神戸)
「なんかマッチ作っとる奴らが、学校作ったらしいで~」
↓
「せや、ワシらもつくったろ!」
→大ヒット=日本トップレベルの進学校に★★★
ちなみにマッチ棒(=火を着ける)のメーカーが協力して設立したのが滝川高校。
対して灘の日本酒メーカーが協力して設立したのが灘(なだ)高校でっす。
#灘五郷の、嘉納治郎右衛門(菊正宗)、嘉納治兵衛(白鶴)、山邑太左衛門(櫻正宗)によって設立
…つーわけで
何をやっても上手くいく日本酒メーカーのチート3連発でした。
たまにそんな奴いるよね 笑
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【編集後記】
最近、記事が非常に雑ですが
電子出版(=キンドルとか)で本を出す予定でいます。
ですが、引き続き見捨てず
お付き合い下されば嬉しい限りですm(_ _)m
あ、動画計画はいったん保留。
さんざん労力をかけたものが鹿が壁を登ってるだけの動画に勝てないとか悲しいしね 笑 ↓7000万回再生( 一一;) スゲー
以上