ソムリエ・ワインエキスパート試験に絶対に合格したいアナタへ!

独学での勉強方法をご紹介。オリジナル問題集や過去問を解いていただきながらポイントを解説します。


【英国】データで見るワイン生産

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今回は 英国 (≒イギリス) をサラッと流します!

 

▼参考資料

greatestbritish.org

↑が非常に良くまとまっていた※ので、これをベースに話をすると。

※2017年の記事でやや内容が古いですが大枠は同じ!

 

▼地域ごとの栽培面積 + 上位3州

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ですが、せめて↑の 地域

・ケント (栽培面積)

・ウェスト・サセックス (...2位)

・ハンプシャー (...3位)

位置 くらいはおさえておきましょー。

 

▼栽培ブドウ品種

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続いて、↑のまんまですが 英国 といえば ピノ・ノワールを中心 とした スパークリングワイン用 のブドウ品種と言って間違いなさそうです。

 

▼参考動画

www.youtube.com

(聞き取りにくければ字幕をONに)

上記までが分かれば 参考程度 に ↑動画 を見ておきましょう。温暖化 の話が少し出てきましたが...

 

▼将来予測

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↑みたいなデータを見ると、動画のお姉さんも あと半世紀くらい は頑張れるんじゃねーの?って感じがしますね。メルローとか仏ボルドーあたりの感覚?

 

・・・

 

以上、参考ページが想像以上に良かったので軽くまとめておきました。

英国をガッツリ勉強する前の さわり として活用いただれば幸いですm(_ _)m

 

 

【編集後記】

以前にも似たような記事を書いた気がして恐縮でしたが試験のイギリス(≒英国)の内容が薄っぺらければ今回程度の内容でもイケるのかな~とも思ったり。

 

・・・

 

ワイン王国 2020年 7月号 [雑誌]

昨夜、動画配信サービスのU-NEXTで見ましたが ワイン王国 最新の7月号の 日本ワイン特集 良いっすね。有名どころの名前くらい知っておくべきかと襟(えり)を正した次第です( 一一;) ホンマ全然知らんのんよ~。

 

 ・・・

 

 またまた 四コマ でっす。

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以上

【ルーマニア】ソムリエ教本'20 の補足 - 『地方名』 の意味

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今回は ルーマニア 地方名 を取り上げます。

 

▼これを取り上げる理由

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昨夜、ソムリエ教本’20 を見ていると↑みたいになってて ビックリ しました。さすがにこれは テキトーに文字だけを並べ過ぎ だろぅ...やる気なさ過ぎだろぅ...( 一一;) と思ったので 補足 しておきます。

教本は書き手によってかなりの温度差を感じるw 前はもうちょい見やすかった気がするんだけど気のせい?

 

▼参考資料

www.crameromania.ro

さてさて、まず ↑のページが 最高の資料 です。非常に見やすい!

 

https://www.crameromania.ro/upload/files/EN_Harta_viticola_CrameRomania_Ianuarie_2020_2500px.jpg

さらに、その中のコチラ↑の英語ルーマニア語の地名の意味を組み合わせた結果が↓

後ほど 丘(おか) とか 森(≒山の中の) とかってニュアンスが出てくるけど、地図を見て 土地の高低差意識しておくと吉!

(軽いver)

https://1.bp.blogspot.com/-AYx2hY_SsGQ/UPWttTJev0I/AAAAAAAAHnE/GofzsvcbbOo/s1600/physical-map-of-Romania.gif

 

▼ルーマニアの地理・地方名

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以下、教本にのっている 大きな枠での地方名です。

★Podișul Transilvaniei ポディシュル・トランシルヴァニエイ

→ ポディシュル(=台地)・トランシルヴァニエイ(=森の向こうの : ラテン語)

昔の地中海(伊・ギリシア辺り)の人達から見た視点。カルパチア山脈の森の向こう側にあるからね~。まんまです (笑)

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★Dealurile Moldovei デアルリレ・モルドヴェイ

→ この デアルリレ ってのは頻出だけど「丘(おか)」って意味

お隣の国、モルドバの近くだしね~。これも文字通り。

 

★Dealurile Munteniei și Olteniei デアルリレ ムンテニエイ・シ・オルテニエイ

→ 丘は同上で、și = シ ってのが AND の意味でっす。

なので「ムンテニエイの丘 と オルテニエイ」となります。

 

★Banat バナト (or バナット)

→ ペルシア語で Master(先生?) とか Lord(支配者≒主 / 神?) って意味で、実はエラい感じの名前!

 

★Crișanei și Maramureșului クリシャナ・シ・マラムレシュ

実は 「Dealurile Crișanei」なので、クリシャナの丘 と マラムレシュ。

 

★Colinele Dobrogei コリネレ・ブロジェイ

→ この コリネレ も 丘(おか) で、ブロジェイ は 「Do + ブルガリア」って意味らしいです。そういや ルーマニアの南側 は ブルガリア ですね。

 

★Terasele Dunării テラセレ・ドゥナリー

→ テラセレ は 段丘 って意味です。なので、ドナウ(川沿い)の段丘。 

kotobank.jp

 

★nisipurilor și altor terenuri favorabile din sudul țării ニシプリ・シ・アルテ・テレヌリ・ファヴォラビレ・ディン・スドゥル・ツァリー

→ アルテ=その他、テレヌリ = エリア、ディン = of 、スドゥル=南、ツァリー=砂漠...で「ニシプリ と その他 好ましい 南の砂漠のエリア」となります。上記メジャーな地方に含まれないドナウ川沿いに点在する産地をまとめたもの...( 一一;)

www.google.com

 

ついでに↑の地図で小さくなってしまったルーマニアの 北緯 も付けときますね~。

こうやって見てみると (南)フランスくらい の位置。

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以上、教本のルーマニアに少しでも馴染めるように書いておきましたので、お役立て頂ければ幸いですm(_ _)m

 

HIRO様 >>

いい感じですね〜。そのように「表面的な知識を、実感を持って説明できるか?」というのが、魅力的なワイン通になれるかどうかの重要な素質ってか "さかい目" なのでは?…と思うことが多いです。読んで頂き感謝☆

 

 

【編集後記】

Youtubeでルーマニアの動画を調べていましたが↓2つが良さそうです。後半(=2つ目)に フランスからやってきてワイナリーを立ち上げた女性 が登場しますが 色んな人生 がありますね~。そうか土地が安いのか。問題も多々あったみたいですが 度胸 がある (´_ゝ`) !!  (字幕をONにすると分かり易いです。)


Travel - Journey into wine: Romania (Part 1/2)

 


Travel - Journey into wine: Romania (Part 2/2)

 

・・・

 

またまた 4コマ漫画 を作りました。

これが筆者のワインと向き合ってきた10年間の総括

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ちなみに、かのフリーソロで有名なアレックス・オノルドも 最初は山登りのパートナーも見つからずボッチだったから、一人でやるしかなかった んだとか。読者の皆様の孤独も、もしかしたら 何か大きなチカラに変わりうる のかもしれません。

ja.wikipedia.org


Alex Honnold Compilation 2014

  

以上

【超まとめ】ドイツ - モーゼル地方 - 地理 / 土壌 / 歴史 / 畑名 など

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今回はこれまで取り上げてきた ドイツ・モーゼル地方 超まとめ (=リンク集)です。

 

www.takamocori.info

まずは基礎となる 地理 土壌 について。

(チェック項目)

□山脈名 - アイフェル / フンスリュック

□河川名 - モーゼル / ザール / ルーヴァ―

□地名 - トリアー / コブレンツ

□区切り - オーバーモーゼル / ミッテルモーゼル / ウンターモーゼル - テラッセンモーゼル

□畑のタイプ - シュタイルラーゲ

□土壌 - 三畳紀 / コイパー / シルト

※分からなければ↑ページを要チェック (以降同様)

  

www.takamocori.info

続いて ベライヒ(≒地区) と その 特徴 について。

(チェック項目)

□ベライヒ(≒地区) - ブルク・コッコヘム / ベルンカステル / ルーヴァ―タール / ザール / オーバーモーゼル / モーゼルトーア

□地名 - トリーア(≒トリアー) / コブレンツ

□岩 - 粘板岩(スレート)

□栽培品種の比率・用途 - リースリング / ミュラー・トゥルガウ★ / ケルナー★ / エルブリング / ピノ・ノワール / ドルンフェルダー★ ★交配品種は交配も「〇〇 x 〇〇」

  

www.takamocori.info

ここからが 歴史 です。紀元前~ローマ帝国時代 について。

(チェック項目)

□民族 - ケルト人 (...のトレヴェラー族) / エトルリア人

□昔の地名 - アウグスタ・トレヴェロールム

□人名 - アウソニウス(詩人)

  

www.takamocori.info

同じく、↑で書き切れなかった ローマ帝国時代 の残り。

(チェック項目)

□斜面の畑の仕組み

後から見返したら試験的な内容ペラペラだなぁおい...( 一一;)

  

www.takamocori.info

続いて フランク王国時代 について。

(チェック項目)

□人名 - ヴェナンティウス・フォルトゥーナートゥス (詩人) / カール大帝 / カール3世 (肥満王)

□地理 - ボーデン湖畔 ※モーゼル外

  

www.takamocori.info

続いて 神聖ローマ帝国時代 について。

(チェック項目)

□ザンクト・マキシミン修道院

  

www.takamocori.info

モーゼル地域ではありませんが、同じく 神聖ローマ帝国時代 で ドイツ に ピノ・ノワールが持ち込まれた経緯 (の1説) について。

(チェック項目)

□シトー派

□エーバーバッハ修道院

 

www.takamocori.info

同じく 神聖ローマ帝国時代 で、リースリング最古の言及(...とされるもの) について。

(チェック項目)

□聖ヤコブス施療院

 

www.takamocori.info

同じく 神聖ローマ帝国時代 末期に、リースリングが普及するキッカケ となった出来事について。

(チェック項目)

□人名 - クレメンス・ヴェンツェスラウス (トリーア大司教 / 選帝侯)

 

www.takamocori.info

続いて プロイセン王国時代 に作成された 格付け地図 について。

(チェック項目)

□プロイセン政府

 

www.takamocori.info

続いて歴史としては最後の 甘口ワインブーム について。

(チェック項目)

□禁酒法 (アメリカ)

□ブドウ品種の立ち位置 リースリング / ミュラー・トゥルガウ / ケルナー

□ジエチレン・グリコール混入事件

 

www.takamocori.info

ラストに有名どころの 畑名 ( +所属する 村名 )について。

(チェック項目)

□畑名 - ウーレン / プレラート / ヴェルツガルデン / ゾンネンウーア / ドクトール / ユッファー・ゾンネンウーア / ゴルトトレプフェン / アブツベルグ / カルトホイザーホーフベルグ / アルテンベルグ / シャルツホーフベルグ / ブラウネ・クップ

□村名 - ヴィンニンゲン / エルデン / ユルツィヒ / ヴェーレン / ベルンカステル(・クース) / ブラウネベルグ / ピースポート / アイステルバッハ / マキシミン・グリュンハウス / カンツェム / ヴィルティンゲン

 

是非、理解度のチェック にお役立て下さい m(_ _)m

 

 

【編集後記】

このモーゼルのシリーズも半ばくじけそうになりました( 一 一;) ...が、久々に「超まとめ」なんて記事を書くと 気持ちいい もんです。

 

筆者と同じく、ガリガリとワイン系のブログを書いている方もおられるかと思いますがSEO的には記事単発よりも、こういった リンク集 (のブロック) を作って網の目のように検索エンジンのクローラーを走らせるのがオススメ!...とエールを送りたい。

内部リンクとは?内部リンクを最適化するためのポイントについて|SEOラボ

 

あ、そうそう、思いつきで 4コマ漫画 を描いてみました。自前のワインの知識はあくまでお客さんの会話を引き出すためのツールと考えてみては?というのが最近の持論です。仕事としてワインに接しておられる方は特に。

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以上

【ドイツ】モーゼル - ソムリエ教本に載っている『畑名』を詳しく見てみよう!

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引き続きドイツ・モーゼル地方

今回は畑名を取り上げます。

ちなみにモーゼルのシリーズとしては最終回!

 

▼学習のポイント & 筆者の昔話

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さてさて、↑あたりを覚えてねっ♡つー話なんですが...

 

List of Mosel vineyards - Wikipedia

本気を出したら仏ボルドーやブルゴーニュみたいに↑リスト全部(≒畑名だけでも500以上)!...って出来なくもないけど、せめてメジャーなところくらいは頑張れよ!ってニュアンスです (汗)

winefolly.com

 

さらに言うなれば、試験のヤマとして、ザール地区 - ヴィルティンゲン村 の シャルツホーフベルグ (の畑) ※ だけでも覚えて!って感じ。

※本来は [ 村名 + 畑名 ] でラベルに表記しないといけないけど、シャルツホーフベルグは有名だから [ 畑名 ] だけでOKですよ!って特別な畑=オルツタイルラーゲ↓と言います。

オルツタイルラーゲ | wine knowledge(↑以外に4つアリ)

 

受験当時、筆者はワケもわからず村名や畑名をやみくも丸暗記していました( 一一;)

「とりあえず、ベルンカステルって村に、ドクトールって畑があるのね~。」みたいな。まぁ、今となってはキレイさっぱり忘れてしまったのですが、その贖罪としてまとめておくと...

 

▼ ソムリエ教本'20 の [ モーゼルの畑 ] まとめ地図 - ポイント

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まず ベライヒ(≒地区) > 村名 > 畑名 を整理しておきましょう。想像しやすいように各畑の位置を↑に記しておきました。

教本の文字情報だけだと、覚えにくくないですか?って今更ながらやっと各畑がどこにあるか分かったよ~。試験3~4年後?の真実...( 一一;)

 

あと、シャルツホーフベルグ が重要なのは前述の通り。

 

おまけ - 詳細  & 参考資料

試験的には以上の内容でOKですが、ワンランク上を目指したい方向けに詳しく書いておきます。

 

★ブルク・コッコヘム 地区

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ヴィルニンゲン村の全体像を知るのにオススメの記事

https://www.wine-searcher.com/regions-winningen

 

そうそう「下流」って響きが悪いからテラッセンモーゼルとか言ってましたがこの辺り

www.moselfinewines.com

 

ウィキの説明 (軽く流しておきましょ~。以降同様)

more commonly known as Untermosel(≒下流モーゼル) or Terrassenmosel(テラッセンモーゼル)

The Cochem district is home to some of the steepest vineyards in the Mosel planted on soil composed of blue devonian(デボン紀) slate, red slate and quartzite(ケイ岩).[12] Many of the vineyards of the lower Mosel are terraced, which has led many producers to adopt the name Terrassenmosel, which sounds nicer than Untermosel in German. This district produces a higher proportion of dry wines than the rest of the region. A well known vineyard from this area is the Juffermauer located near Treis-Karden, whose name means "Virgin-Wall" in the local Franconian dialect/language.

https://en.wikipedia.org/wiki/Mosel_(wine_region)#Wine_region

(用語解説)

デボン紀 - Wikipedia ≒ 4.1億年前~3.6億年前

ケイ(珪)岩(けいがん)とは - コトバンク ≒ ガラス質の「石英」の粒を多く含む

 

ウーレンの銘柄 (解説あり)

ヘイマン・レーヴェンシュタイン ウーレン・ラウバッハ グローセス・ゲヴェックス 白ワイン ドイツ | ワイン通販 ショッピング │ フィラディス ワインクラブ

 

★ベルンカステル 地区

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北→南の順 に軽く説明しておくと

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(畑名) プレラート Prälat = 高僧 の意!

A small slice of perfection, the four-acre Erdener Prälat (AIR-din-er PRAY-laht[≒高貴]) vineyard produces some of the greatest wines in the Mosel valley.

Erdener Prälat | Dr Loosen

AUSLESE2309 RIESLING PRALAT ERDENER CHRISTOFFEL  アウスレーゼ プレラート エルデナー-モーゼル・ザール・ルーヴァー

 

mosel.exblog.jp

(畑名) ヴェルツガルデン Würzgarten = 薬草園 の意!

Blazing red and insanely steep, the Ürziger Würzgarten (ERTS-ih-ger VERTS-gar-ten) vineyard fills the picturesque amphitheater formed by this dramatic bend in the river.

Ürziger Würzgarten | Dr Loosen

 

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(畑名) ドクトール Doctor  = 医者 の意!(後述アリ)

https://www.wine-searcher.com/regions-bernkastel

 

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ゾネンウーア Sonnenuhr = 日時計 の意!(後述アリ)

Juffer refers to the holdings of a former convent(修道院) for young girls of noble descent(≒斜面)

Braunerberger Juffer and Juffer-Sonnenuhr – Winery Max Ferd. Richter

(畑名) ユッファー・ゾネンウーアの「ユッファー」は女子修道院に由来!

 

(畑名) ゴルトトレプヒェン Goldtröpfchen = 金の小滴(しょうてき≒しずく) の意!

The town's most notable wines come from its Goldtropfchen vineyard (whose name means 'Droplets of Gold'). Piesporter Goldtropfchen Rieslings are some of the very finest in all of the Mosel, and hold longstanding international prestige.

https://www.wine-searcher.com/regions-piesport

 

ウィキの説明

more commonly known as Mittelmosel

This is the central district of the region. One of the most notable vineyards in this area is known as Doctorberg, and its wines as Bernkasteler Doctor (ドクトール). An apocryphal story of how the vineyard got its name originated in the late Middle Ages when a local archbishop was miraculously cured of a terminal illness by drinking wine made from the grapes of this vineyard.[21]

Other notable vineyards of the Mittelmosel include the sundial(日時計) (German Sonnenuhr) vineyards; Brauneberg Juffer-Sonnenuhr(ユッファー・ゾネンウーア), Wehlener Sonnenuhr, Zeltinger Sonnenuhr. In the 19th century, large sundials were built in these vineyards so that the workers would know what time to break for lunch or the end of the work day. Since these vineyards receive the most exposure to the sun, many of the wines produced from these vineyards are richer and more full-bodied than wine produced from other vineyards. In a similar way to many of Burgundy's Grand Cru vineyards, the Sonnenuhr vineyards are highly parceled with multiple owners of individual plots or rows of vines. The Wehlener Sonnenuhr vineyard alone has more than 200 owners.[5]

https://en.wikipedia.org/wiki/Mosel_(wine_region)#Wine_region  

  

★ルーヴァ―タール 地区

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マキシミン・グリュンハウス村」 は 「村」としているけど実際には「エステート」ってニュアンス

Maximin Grünhaus(マキシミン・グリュンハウス) is the name of a wine estate rather than a village. It technically fills the role of a village name in the vineyard list, in order to allow this historical estate to display vineyard name in combination with estate name without having to mention the actual village name (Mertesdorf メルテスドルフ).

https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Mosel_vineyards#District_Ruwertal

この前やった歴史的な ザンクト・マキシミン修道院 を名前に使いたかったってワケ↓

www.takamocori.info

 

(畑名) カルトホイザーホーフベルグカルトゥジア修道院 が由来。↓素晴らしい記事です (脱帽)

classic.music.coocan.jp

Almost 800 years of winegrowing history - Vineyard Karthäuserhof

 

ウィキの説明

more commonly known as Ruwer (its formal name is due to the fact that Ruwer also is a suburb of Trier. The Ruwer is an estuary that flows into the Mosel; "Tal" is German for valley.)

Located to the southeast of Trier, this region includes the vineyards around Waldrach(ヴァルトラッハ↑地図) and Kasel(カーゼル地図). The region is home to many monopole vineyards. At Mertesdorf(メルテスドルフ), there is a subterranean(地下) Roman aqueduct[用水路] that connects the Grünhaus vineyard with the city of Trier. The quality of Ruwer wine is particularly dependent on the quality of the vintage with cool vintages marked by sharply acidic wines that quickly fade and warmer vintage producing some of the most delicate and perfumed expressions of German wines.[22]

 

★ザール 地区

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カンツェム村 - (畑名) アルテンベルグ Altenberg

https://www.wine-searcher.com/regions-kanzem

 

ヴィルティンゲン村 - (畑名) シャルツホーフベルグ Scharzhofberg / ブラウネ・クップ Braune Kupp

2つの畑とも同じ「ミュラー家」が所有している模様w ↓記事「TBA」=トロッケンベーレンアウスレーゼ。やはり素晴らしい記事!

classic.music.coocan.jp

 

ウィキの説明 

Like the Ruwer region, wine from the Saar district (along the lower course of the Saar River, in Rhineland-Palatinate) is particularly dependent on the overall quality of the vintage typically only 4 years out of every 10 producing a worthwhile set of wines. The wines that do come out of these warm vintages are noted for their apple-like freshness and steely mineral notes. The most ideal vintages allow harvest to take place between late October and mid November when the grapes can develop enough sugar to produce floral and honeyed notes.[22] 

 

★オーバーモーゼル 地区

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ウィキの説明 

This wine district is composed of a thin strip of land along the Luxembourg border. The region starts just north of Igel(イーゲル↑地図) and continues south to the village of Palzem(パルツェム↑地図) where it meets the Moseltor district. Elbling, Müller-Thurgau, and Auxerrois Blanc are some of the region largest plantings.[22] Obermosel and Moseltor contain very few notable vineyards compared to the other districts of the region.

有名な畑は少ないのね。。。

 

★モーゼルトーア 地区

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ウィキの説明 

The Moseltor area is the most southern area of the Mosel region, and is located together with the Obermosel along the Luxembourg border. The Elbling grape is the most commonly planted here producing a thin, rustic(素朴な) wine with high acidity. Sparkling wine production is growing in this area.[22] The reason why tiny Moseltor with its around 110 hectares (270 acres) of vineyards is a separate Bereich is that it, in contrast to the other 99% of Mosel's vineyard area, is located in the state of Saarland(ザールラント州↑地図), and therefore is supervised by this state's government. All of Moseltor is located within the borders of Perl(パール↑地図).[23]

エルブリングスパークリングワインの生産。小さい畑はザールラント州の管理に。

 

・・・

 

ま、ほんの一部ですが、ソムリエ教本に載っているモーゼルの畑はこれくらい知ってりゃいいんじゃないでしょうか。全部やってたらキリがねぇ...( 一一;) 死んぢゃう。

 

 

【編集後記】

あ、そうそう2019年にベルンカステルのユルツィヒ村(↑)新しい橋が開通したんだけど、反対もあったようです(↓)  思いっきり橋の下が畑だから「マイクロ・クライメイト(微気候)」信者激おこかも。楽しそうだけど。。。

https://en.wikipedia.org/wiki/High_Moselle_Bridge#Opposition


Hochmoselbrücke, Bürgerfest 16.11.2019

 

・・・

 

いつも手短に書きたいと思っているものの、ある程度の内容のまとまりがないと納得できないというジレンマに襲われています orz

 

・・・

 

ところで、最近は原子力関連について調べていました。これをワインと結び付けると...

 

チェルノブイリの事故(1986年)の影響のおかげか、ヨーロッパに売り出せたのが米ワシントンのワイン。

choosewashingtonstate.com

 

でも、こういうのを読むとワシントンのワインとか大丈夫なんだろうか?とか思ったり。試験にも出てくるコロンビア川の上流。

www.businessinsider.jp

 

以前、中国の新疆ウイグル自治区なんかワインレーズンの産地って取り上げましたが、核実験をバンバンやってたところですね(↓動画) ワインの知識以前に一般常識が無かった自分に猛省。イメージ的に「神の雫」のローランの生まれ故郷辺りか...

【Youtube】China's First Nuclear Weapons Test 

【Youtube】Every Nuclear Bomb Explosion in World History

ja.wikipedia.org

 

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以上

【ドイツ】モーゼル - 歴史 - 『甘口ワインブーム』(1950~80年代後半)

引き続きドイツ・モーゼル地域歴史です。

 

今回のテーマは↓年表の最後の↓赤□

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ソムリエ教本('20) 126ページ

1950年代から80年代前半にかけて甘口ワインブームに乗って栽培面積が急増し、斜面以外の平地にもブドウ畑が目立った。しかし2000年前後から...高品質な辛口リースリングが注目されるようになり...」

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ここを深掘りしていきたいと思います。

 

▼ブームの原因 (消費者側)

▼古い「甘口ワイン」のCM


Blue Nun Wine Commercial (1979) 

 


原田知世 CM マドンナ

まず古いCMを見てみましょう!

海外で甘口ワインブームと言えば、代表的なのがドイツの甘口ワイン リーブフラウミルヒ※「ブルー・ナン」。ちなみに、日本ではマドンナという商標で現在でもサントリーが販売。バブル世代に馴染みの方が多いイメージでっす。

モーゼルのワインではありませんが "ドイツくくり" ってことでご容赦下さいm(_ _)m

 

▼流れ

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Brewers and Distillers Found Creative Ways to Survive - Prohibition: An Interactive History

さてさて、この世界的な『甘口ワインブーム』は、現在でもワイン消費をリードするアメリカがキッカケだと言われています。それまでの流れを整理しておくと... 

・ゴールドラッシュ(19C 西海岸) - 労働者にワイン需要生まれる

・フィロキセラ被害(19C後半~) - 葡萄農家 - 栽培あきらめ気味に...

・一般家庭 - 自家製ワインブーム(↑イラスト) - 不味さを甘くして誤魔化す!

禁酒法(1920-33年) - (↑を後押し・助長)


・WW2後(50~80年代前半) - 甘口ワインブーム到来 - (↑で慣れてたから)

「辻調グループ校 コンピトゥム Compitum」より

...みたいな感じ。自家製以外の内容は試験的に大切かも

 

これに加えて、よくご紹介しているウスケ本には禁酒法がアメリカ人を馬鹿舌にした!」といったニュアンスが書かれていますが、その理由は...

 

▼世界各国の「ワイン文化の発達プロセス」

...として

【前提】ある程度「寒い」地域がベター ≒ 煮込む食文化圏 → 料理・味が繊細(≒薄い) → 味覚が発達しやすい

・ワイン伝来

・(味覚の発達過程→) 甘口ブーム ≒ 低品質がまかり通る


・(味覚の成熟→) 辛口ブーム ≒ 高品質を求める

・自国のワインが国際品種で世界に勝負できる → 評価を受ける

・地ブドウが注目され始める

...といった段階をたどる(らしい)ですが、アメリカは禁酒法によって飲酒の文化が断絶され、★のところまで引き戻されてしまったとのこと。↑流れの発想はワイン文化を俯瞰する視点として超重要!

 

ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち (小学館文庫)

もちろんこれは日本でも同じなので、是非『ウスケボーイズ』を読んで「どの出来事がどの段階に当てはまるか?」を整理しておかれる事をオススメします。

  

▼農家への影響

さてさて、それでは次にドイツ国内の生産者側がどうだったのか見てみましょう。

 
▼各ブドウ品種の栽培量

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「ミュラー・トゥルガウ - Wikipedia」より

この『甘口ワインブーム』に乗っかるように利用され始めたのが、リースリング x マドレーヌ・ロワイアル の交配によって生まれた ミュラー・トゥルガウ です。

 

▼「ミュラー・トゥルガウ」 ができた背景

試験的に無理矢理この交配を暗記している方も多いかもしれませんね~。(無論、昔の筆者もそうでした!) 単純にまとめると↓のイラストになるんだけど、参考文献が非常に勉強になるので是非読んでみて下さい。理由が分かります!

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「ミュラー・トゥルガウ - Wikipedia」より

ほとんどのブドウは、2つの別々のブドウの品質を引継ぎ、両方の性質を併せ持つ新しいブドウを作りたいという欲求から作られてきた。

19世紀後半、ミュラー博士がガイゼンハイムブドウ育種研究所でこのブドウを作った時、彼の意図はリースリング品種の強さと複雑さと、シルヴァーナー品種 (〇 : マドレーヌ・ロワイアル) が持つ早熟であることを掛け合わせることだった。得られたブドウはこれらの2つの性質を完全には達成しなかったが、ドイツのワイン生産地域の多くに広く植え付けられた。

1970年代にミュラー・トゥルガウはドイツで最も植えられたブドウになっていた。この品種の人気の理由は、比較的広い気候範囲、土壌タイプで栽培ができるということである。これらのブドウの多くは、他のワイン用ブドウの栽培には特に適していない平坦な地域に植えられた。なぜなら、平坦な地域の主な代替作物であったテンサイダイコンよりも利益が大きかったからである。ブドウは早く成熟し、大量の収量をもたらし、例えばリースリングよりも植え付け場所としての要求は少ない。ミュラー・トゥルガウのワインは、酸度が低いために軽く、フルーティーである。比較的若いうちに飲むことがあるが、ほとんど例外なく熟成とともに良くなるとは考えられていない。これらの事実は、ミュラー・トゥールガウが、1980年代までかなり人気があったリープフラウミルヒピースポーター英語版など、ドイツのミディアムスイートワインを安価に生産する経済的な方法を提供したことを意味した。

ミュラー・トゥルガウの発展のターニングポイントは、1979年の冬であり、1月1日に温度が急激に低下し、多くの地域で20°F (−7°C)にまで達したが、新品種の大部分を荒廃させた。何百年もの選択によって、はるかに丈夫な茎を有するリースリングのような品種には影響しなかった。それ以来、ワインメーカーは幅広い種類のブドウを栽培し始め、ミュラー・トゥルガウは現在、ドイツではリースリングほど広く植栽されていないが、ドイツにおいても世界でも、まだ重要な品種である。

Mosel (wine region) - Wikipedia

The Riesling grape, grown on 59.7% of the region's cultivated vineyard surface in 2008,[17] is widely considered the most prestigious and highest quality wine grape of the Mosel but it cannot be planted on every vineyard site due to difficulties the grape has in ripening in particularly cool climates. Factors such as altitude, aspect and sunlight exposure can have a pronounced effect not only one the resulting quality of the wine but also whether the Riesling grape will even ripen at all. A positive characteristic of the Riesling grape is that despite less than perfect ripeness it can still create a wine of finesse and elegance that would escape most other grape varieties.[5]

In place of Riesling, the easier cultivated Müller-Thurgau grape (14.7%) and other Riesling crossings like Kerner (4.6%) were planted in large quantities on the sites that were not suitable for Riesling, and which in many cases had been previously used for other agricultural purposes. A negative consequence of these large-scale plantings is that the wine produced from these sites are typically of a lower quality than Riesling wines which in turn has a depressing economic effect on the prices of all Mosel wines. While consumers have benefited with top quality Riesling wines being underpriced in comparison with some of the world's other great wines from places like Bordeaux, Burgundy and California, the economic hardship created by the prices has caused some of the smaller Mosel vineyards to go out of business.[3]

あ、ケルナー(リースリング x  トロリンガー)もミュラー・トゥルガウと同じ文脈ですね。最後の「悪貨は良貨を駆逐する」的なのが悲しい。

数少ない成功した品種「ケルナー」の特徴

 

▼ブームの終焉

ja.wikipedia.org

さて、この『甘口ワインブーム』にトドメをさしたのが↑ジエチレン・グリコール(不凍液)混入事件です。

 

ソムリエ教本('20) 115ページ

「...(同事件)で甘口ワインへの不信感が蔓延し、生産者はドイツ国内向けには辛口ワインに活路を求め、甘口ワインは輸出に力を入れた

 

...と、ありますが、ここからの↑原田知世のCM('88年)ってわけです (笑) 「日本ならまだ売れるだろ~」的なヤツだったら軽く舐められてますね。

 

数回に分けて長らくお伝えしてきましたが、ここまでがモーゼルの歴史でした~。

次回モーゼルの畑について書く予定です。

 

 

【編集後記】

うかつにモーゼル歴史に踏み入ってしまったものの長かった...( 一一;) 死にそう...

実はもっと書きたい事は山のようにあったのですが、キリが無いので薄っすらでもギリ試験に関係ある範囲に留めておきます。マジ内容薄くってゴメンナサイ。

 

btw、↑のグラフを眺めているとリースリングの減少量=ドイツ人が甘口ワインブームでサボってた分に見えてきました (笑)

それと、経済性や利便性で育てる農作物やブドウ品種が変わってきますよ!って話なんですが、交配技術が進んでも昔からやってきたローマ人の知恵が今も変わらず色あせていないってのが素晴らしい。

 

よくよく、調べてみるとリーブフラウミルヒに関しては業界のフィクサー的な人↓もいたようですが、あくまで甘口ワインを飲む素地が出来た上での銘柄ってことで...

ピーター・M・F・シシェル~CIAからブルー・ナンまで - ヴィニクエスト~グローバルな視点からワインの情報を。

 

ちなみに「質より量」となったのは仏ボージョレも同じ。↓France24(=あちらのNHK的なやつ)で、自分らは『成功の犠牲者』だという被害者ヅラには絶句です( 一一;) 荒稼ぎしておいての、この態度はさすがフランス人! (5分11秒~)  ってか全体的にアジア人ディスり気味の映像という鬼畜っぷり。これ見て日本人は怒るべき!

【動画】France’s love/hate relationship with Beaujolais nouveau!

 

あと、不凍液混入事件を取り上げましたが、こんな感じで欧米で事故があると何故か日本に回ってくる罠 あ、国内でも食材の「産地ロンダリング」とかあるけどね~

チェルノブイリ・パスタ 1980年代末のイタメシブームはセシウム汚染小麦の処分だった。(再掲載) - 「北の山 じろう」日記(時事と日常)

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そうそう、最近は「種苗法」が話題になっていたので↓映画を観ました。『遺伝子組み換え食品』のヤバイところは植物にもの凄い毒性の高い農薬への耐性をつけているってところ。無論その農薬を使うわけで、近くの他の動植物は住めなくなり「緑の砂漠」が広がっています。結構エグい内容で無力感しかありませんが、そういやビオワインとかこの流れの反動なのかな?とも思ったり。あ、そうか、モンサントがロックフェラー系だからロスチャ系が映画で叩いてんのか (自己解決) って、いずれのファミリーにせよ迫りくる危機に間違いない!


映画『モンサントの不自然な食べもの』予告編

ロックフェラー財団 - Wikipedia

 

以上

【ドイツ】モーゼル - 歴史 - 『プロイセン政府によるブドウ畑の格付け地図 - 1868年』

引き続き ドイツ・モーゼル地域 歴史 です。

 

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【動画】ゆっくり解説 - プロイセン王国

 

▼お題

今回は プロイセン王国時代の ↑□ 部分で

ソムリエ教本('20) 126ページ

1868年にはプロイセン政府ブドウ畑の格付け地図を作成したが、これが現在のVDP. Die prädikatsweingüter(プレディカーツヴァイン醸造所連盟)が行っているブドウ畑の格付けの基礎に使われている」

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ここを深掘りしてみたいと思います!

 

▼プロイセン政府時代の動画

まず、ちょっと懐かしい動画ですが以前にご紹介したコチラの7分45秒~9分02秒をご覧下さい。

www.youtube.com

 

▼『格付け地図』作成の流れ・詳細

(赤字以外はテキトーに読み流して下さい↓)

https://glossary.wein-plus.eu/prussian-location-classification

(↑Google 翻訳)

19世紀の初めから、フランスからの大規模な競争と比較して、ワインの品質はドイツのワインにとってますます重要な競争要因になりました。 ナポレオン皇帝(1769-1821)は、1804年頃に「ワインの分類」を作成しました。ラインラントは当時フランスの一部だったため、世界的に有名なフランスの場所と同じ評価原則が適用されました。 最高の場所は、 Grand Cruが分類したとおりです。 1815年6月にナポレオンがウォータールーで敗北した後、ラインラントはウィーン会議でプロイセンの州となりました。

ラインラント - Wikipedia

地域的重要性から、ルイ14世以来フランスの侵攻をたびたび受けた。ナポレオン戦争(1803-1815年)の際には、ライン川西岸一帯がフランスの占領下に降ることとなった。1815年のウィーン議定書によってプロイセン王国に割譲され、1822年よりラインラント県がおかれた。周辺地域の豊富な地下資源とライン川による物流という地理的優位性から、ドイツにおける工業化の中心地となり、1871年のドイツ帝国成立後も工業地帯として発展した。

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そもそもモーゼルを含むラインラントはフランスの占領下だったので格付けをしないといけない素地があった!

 

 

(いっぽう、お隣フランスでは...)

日本で一番詳しい「1855年メドック格付け」の裏側 | エノテカ - ワインの読み物

1855年メドックの格付けがキャンペーンとして大ヒット!

 

 

Clotten’s 1868 Viticultural Map of the Saar and Mosel – Lars Carlberg: Mosel Wine

(↑Google 翻訳)

Steuerrath Clottenのザールとモーゼルの地籍図は、1868年に最初に印刷されました。プロイセン王国から委託され、1869年に出版されたOtto Beckの本「 Der Weinbau an der Mosel und Saar」 (モーゼルとザールのブドウ栽培)と一緒に出版されました。 (フリードリヒヴィルヘルムデュンケルベルクのラインガウ地図は1867年に印刷されました。 * )対照的に、1855年の有名なボルドーの分類は、特定のシャトーのブドウ園の土地が他のシャトーよりも優れていることを示唆していましたが、地所のランキングでした。

プロイセンの税務当局は、1816年から1832年までの期間のさまざまなモーゼルのブドウ畑の収益額を使用して、固定資産税を設定しました。 1868年のブドウ園の税の地図は、地図製作者のAdam Georg Dienzによる最初の版でした。 初版はベルリンでグラスナーによって出版され、他はトリーアの出版社であるジェイコブリンツによって出版されました。 第4版と最終版は1906年に印刷されました(これについては後で説明します)。

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政府の依頼で地図を作ったものの、当初の目的は固定資産税の徴収!

 

Clotten’s 1868 Viticultural Map of the Saar and Mosel – Lars Carlberg: Mosel Wine 

(↑Google 翻訳)

Clottenは、ワインの品質や価格だけなく 、収量や人件費を含む純利益に基づいて、ブドウ畑を8つの税区分にランク付けします。ただし、8つのクラス 、マップの目的で3つに簡略化れ、最高からマークされています。濃い赤、淡い赤、ベージュで最低に。 ScharzhofbergやMaximinGrünhäuserAbtsberg(当時はMaximinGrünhäuserHerrenbergと呼ばれていました)などのいくつかの有名なサイトは濃い赤で色分けされていますが、 Clottenはマップ上の丘の中腹の名前だけをリストします( SarzbergGrünhausberg (SaarおよびRuwer内など))それぞれ谷)。 彼はカルタウザーベルクなどの他のブドウ畑でも同じことをしています。 さらに、現在高く評価されているいくつかのサイトは、たとえあったとしても、ランクが低くなっていました。 たとえば、ザールでは、カンツェマーアルテンベルクとザールバーガーラウシュはリストされていませんでした。 "Canzemerberg"のワインは後に認知度が高まるでしょうが、今日のラウシュはより低価格でランクが低いままでした。 今日、主要な生産者協会であるVDPは、モーゼルリースリングの多くの愛好家がそうであるように、ブルゴーニュのグランドクルー(〇 : グラン・クリュ)と同様に、両方のブドウ畑をグロスラージ(〇 : グローセ・ラーゲ)と評価しています。 オベレンメルとその周辺のいくつかのブドウ畑など、かつて素晴らしいと考えられていた他の場所は、今日ではあまり評価されていません。

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純粋に畑だけじゃなく利益率で考えてる辺りが真面目なドイツ人っぽい(笑) ↑動画では3つのランクに分けたと言ってたけど、実は8つのランクまであった模様w

あと、VDPの格付けのランクのグローセ・ラーゲってのは試験によく出るので覚えておきましょう↓ 畑は昔と比べて栄枯盛衰があるみたいですね~。

www.ekukoswine.de

 

https://glossary.wein-plus.eu/prussian-location-classification

(↑Google 翻訳)

分類は最初に1868年にトリアー地区で行われ、1897年にコブレンツ地区でのみ行われました。 当時のモーゼル (モーゼルザールルーバー)の栽培地域は、約6,100ヘクタールのブドウ畑で構成されていました(現在は約10,000ヘクタール)。 そのうちの9%(560ヘクタール)のみが最初の3つのクラスに分類されました。

最高品質のブドウ畑の場所は、南から南西に並んでいます。 最高のワインは、日光( 博覧会 )がほぼ垂直である丘の斜面または急な斜面を栽培することが難しいもので育ちます。 状況が一部変更されたため、プロイセンの分類はもちろん今日、批判的に見られる必要があります。 しかし、これには大きな歴史的意義があります。 2006年に採用されたVDP分類モデルは、 モーゼルニア(〇 : ナーエ)が使用する2つの栽培地域の分類された個々の層の参照として使用されました。

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↑の文章を読んで、トリアー、コブレンツ、ナーエ(モーゼル地域ではない)の場所がピンとこなければ↑地図を要チェック!

最初は全体の1割ほどしかできてなかったみたいですね (笑)

ちなみにVDPの格付けモーゼルとナーエのものを手本にしたようです。

 

▼まとめ

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よくワインバーやレストランなんかでワイン産地の地図が壁に貼ってあったりするのを見ますが、19世紀の商売人が「フランスさんが格付けなら、こっち(ドイツ)は川の地図や~(; ・`д・´)」って考えたマーケティングツールが見事に当たった名残りかもしれません (笑)

 

そもそも税金を決めるためとか、やってる事は太閤検地みたいなもんですが、ヨーロッパだと何故かオシャレに感じてしまう罠。

VDPの格付けのルーツ≒秀吉って認識でOK?

honcierge.jp

 

 

【編集後記】 

クラウゼヴィッツの暗号文 (新潮文庫)

(クラウゼヴィッツは今回テーマのプロイセンの将軍ね。)

 

先日、たまたま↑の本を読んでて気になったのが↓の2つ

流血をいとう者は、これをいとわぬ者によって必ず征服される

「戦争は厳しいものであり、博愛主義のごとき婦女子の情が介入する余地はない」

戦争論 - Wikipedia

 

↓の記事に追記しましたが、試験の点数というのは非常にシビアなので、流血=お金と考えると...

www.takamocori.info

 

以上

【ドイツ】モーゼル - 歴史 - 『クレメンス・ヴェンツェスラウス』

引き続き ドイツ・モーゼル地域 歴史 です。

 

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今回は前回からの続きで ↑赤字□ の真ん中の箇所

 

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ソムリエ教本('20) 126ページ の

1786年にトリーア大司教で選帝侯だったクレメンス・ヴェンツェスラウスが、劣った品質のブドウを引き抜いて優れた品質のワインを産する苗木を植えるように命じたことが、モーゼルで広くリースリングが栽培される契機となった...」

 

ココ↑ を 深掘りしてみたいと思います(; ・`д・´)!

 

▼『クレメンス・ヴェンツェスラウス』について

de.m.wikipedia.org

↑Google 翻訳(超オススメ)

まず、いきなり限りなく結論に近いですが、

↑翻訳ページ を読むと面白いですよ~。

これを軸に解説していきまっす。

 

▼ザクセン出身!

さて、そこそも彼の出生は ↓神聖ローマ帝国 の 連邦国である ↓ザクセン選帝侯(領) というところ! ここが 本国 (神聖ローマ帝国) のOKを取り付けて ↓ポーランド王 も兼任 していました。

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ザクセン選帝侯領 - Wikipedia

 

▼彼の祖父は...

ちなみに 彼のお爺さん (=祖父) は 西洋白磁で有名な マイセン の生みの親(まぁ、職人に作らせたのですが....) で 彼の父親 (=唯一の正式な子供) 以外に 最大365人の子供を残した肉食系 だったそうな...( 一一;) カール大帝辺りからこのクダり多い...

ja.wikipedia.org

ja.wikipedia.org

 

▼彼の父親は...

続いて 彼のオヤジ (=父親) ですが、 戦争 / 政治のセンスが無かったのか  ↑プロイセン王国 対 ↑オーストリア などの7年戦争 で オーストリア側 についてしまい、プロイセン王国 に ザクセンを 侵攻されてしまっています...( 一一;) んで ポーランド に 逃亡 → 反撃せず

でも、それ以前には子供達を ヨーロッパの王室 に嫁がせる事に成功!

・マリア・アマリア(1724年 - 1760年) - 1738年、スペイン王カルロス3世と結婚

・マリア・ヨーゼファ(1731年 - 1767年) - 1747年、フランス王ルイ15世の長男ルイ・フェルディナンと結婚

...↑の2人はクレメンスお姉さんね。

ja.wikipedia.org

ja.wikipedia.org

 

▼彼自身は...

で、彼自身 は ↑七年戦争 の ↓トゥルガウの戦い を機に リウマチ が理由で 聖職者 に転向...( 一一;) 戦時中の「赤紙」逃れた感じ?

クレメンスウェンツェスラウスは1760年にウィーンでオーストリアの兵役に就き、 トルガウ戦いに 陸軍元帥 (1760年11月3日)として参戦しましたが、健康が不安定で頻繁にリウマチがあったため、精神的な地位を選び

ja.wikipedia.org

 

▼まさに「リースリングの父」!

その後、ラッキー☆ か コネのチカラ なのか トリアーの大司教選帝侯 に選ばれ、リースリングの普及に寄与 しましたYo! って話なんですが...

 

↓ドイツ語訳は雑だけど 詳細まで出てる のが面白い

Google 翻訳(超オススメ)

1787年※10月30日、彼は国内ブドウ栽培の質を改善するために主権条例を発行しました。 その後、7年以内に、「レニッシュ」と呼ばれるブドウの属が、特性が低く、酸が多すぎるブドウを一掃し、「良い」ブドウに置き換え、 リースリングを意味するようになりました。 この取り決めは、トリーア選挙人の全領域で厳密に実装されました。 次のようなトリアー地域の周辺地域のみ Nittel(ニッテル)Wincheringen(ヴェンヘリンゲン)Nennig(ネニッヒ)Besch(ベッシュ) 、およびPerl(ペルル)の近くの上部(流)モーゼルで、フランスおよびルクセンブルグ公国とのコンドミニアムがしばしばあったので、この命令はクトリエ当局によって直接執行することができませんでした...↓

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教本と1年ズレてますがご容赦下さい。

 

▼時代背景のまとめ!

クレメンス は、実は他にも 立派な城・劇場、水道管を作ったり、嵐の日に教会の鐘を鳴らせば収まるといった迷信をいさめたり、教育を充実したり...トリアーの文化の発展に大いに貢献した んだけど、ナポレオン 率いるフランスが台頭してくると、トリアーから撤退して故郷のザクセンに逃れたってわけ。

お時間許せば是非じっくり読んでみてっ☆彡

Google 翻訳(超オススメ)

この辺りの時代背景が前回ご紹介した↓動画15分06秒~ 「フリードリヒ大王」の7年戦争 ~ ラストまで


【ゆっくり解説】プロイセン王国

 

(おまけ)

↓2点は今回たまたま調べてたら見つけたオススメのページです。

 

ドイツ 歴史 キーワード

今回のクレメンス・ヴェンツェスラウス以外にも素晴らしくまとまってます☆彡

www.winesofgermany.jp

 

モーゼル・ザール・ルーヴァ― テロワール

かなり詳細な内容本気で日本語訳してて気合が入ってます。

モーゼルの『土壌の鬼』になりたい方は是非!

上流と下流の温度差が分かる地図とか欲しかったのよ~。

https://www.winesofgermany.jp/tourism/mosel/Mosel_Terroirbrochure_2010_Ja%20.pdf

 

・・・

 

ちなみに、ワインの保存料である 亜硫酸塩 を使い始めたのも実はこの時期

www.wine-searcher.com

But it wasn't until the 18th Century, he explains, that Riesling was likely produced here as a single varietal. That began to change when prince-bishop Clemens Wenceslaus(クレメンス・ヴェンツェスラウス), Elector of Trier, ordered growers to replace non-Riesling varieties with Riesling in 1787. Around the same time, Weis says, winemakers began using sulfites(亜硫酸塩) to preserve their wine, giving varietal wines an opportunity to maintain purity for years. Sulfur, of course, binds with oxygen and other components that can lead to oxygenation, and the eventual dissipation of a wine's unique character.

 

 

えー、今回の内容をまとめておくと...

・爺=マイセン / やり〇ン

・父=娘2人をヨーロッパ王室と政略結婚 → ポーランドに逃げる

・本人(クレメンス)=聖職者になって戦争から逃げる → トリアーでまったり:リースリング栽培などに寄与 → 故郷ザクセンに逃げる

...みたいな人生。

 

個人的には、1歳下の妹で同じく聖職者だった クニグンデ を コブレンツの宮廷 (モーゼル内 - ↑地図参照) に招いてから晩年まで一緒に過ごしたってのがツボ。

アウグスト3世 (ポーランド王) = 父 - Wikipedia

マリア・クニグンデ(1740年 - 1826年) - トルンおよびエッセンの女子修道院長

  

(次回に続く)

 

 

【編集後記】

今回も気に入ったピンタレスト!

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https://www.youtube.com/watch?v=ZFoJYI7Q4iA

 

以上